犬派?猫派?と聞かれれば、もちろん猫派と答える私ですが、実家を出てから約20年、猫と暮らすチャンスに恵まれませんでした。 そんなある日のこと、外に遊びに行っていた娘が息を切らせて帰ってきて言いました。 「怪我をして、動けなくなってる子猫がいるの。小さくて、周りの野良猫にひっかかれたみたいなの」 いくら猫好きの私でもペット飼育禁止のマンションに住んでいれば、普段なら そう…でも、うちでも何もしてあげられないわね」と答えたはず。 でもその日はなぜだか「行かなきゃ。様子を見て、助けてあげなきゃ」と思い立ち、娘と子猫のもとへと走りました。 マンションの裏に、普段から野良猫にあげる為の餌皿がいくつか置いてあり、3匹の野良猫が私と娘を遠巻きに見ています。 子猫はすぐそこにうずくまっていました。 寝ているように見えますが、呼吸が荒く、頭のてっぺんにひっかかれたらしい傷が赤く光っています。 「小学校の前に獣医さんがあったね」 子猫を抱いて一旦部屋に戻りました。バスタオルとかくるんで座布団の上に寝かせてお財布の中を見ると、一万円ほどのお札が入っていました。 「ペットの治療っていくらくらいかかるのかな」 不安な気持ちでしたが、一刻も早く子猫を診てもらおうと娘と二人、病院に向かいました。 幸いなことに病院は診療時間で、すぐに診てくださいました。 「野良猫は爪にばい菌があるから、この傷が脳に達していたら助かるかどうか」 そんなことを言いながら、先生は丁寧に傷を消毒して、抗生物質の入ったお薬を飲ませてくれました。 30分ほどすると、子猫が目を覚まし、「にぁ…」と弱々しく鳴くのです。 私と娘、そして先生と看護師さん4人が一気に笑顔になりました。 ここまでしたのですから、まずは元気になるまで育てようと、お薬をいただき、子猫用ミルク、キャットフードを買って、料金は4千円弱。4万円くらいかかるかも、とビクビクしていましたが安心しました。 子猫は体は黒、手足が白のソックス猫でした。 名前はもちろんソックス。 ダンボールに寝床を作り、以前猫を飼っていた友人にトイレを譲ってもらい、私と娘とソックス、二人と一匹の暮らしが始まりました。 薬が効いたのか、病院に行ってから24時間も経つ頃にはソックスはとても元気になりました。 ミルクを盛大に飛ばしながら飲み、キャットフードのおかわりをせがみ、私がキッチンに立つと真後ろでスリッパにじゃれ、娘のひざで寝る…。 まるで生まれた時からこの部屋にいたように、ソックスはのびのびと暮らしました。 私が仕事へ、娘が学校へ行っている間も、悪さもせずに待っていて、鍵を開けて部屋に入るとニャァニャァと鳴きながら玄関へ走ってきてくれました。 近所を歩きながら、迷子の猫を探しているかも確認しましたがそれらしき情報は無く、このままこっそりと飼ってしまおうかと思っておりました。 ソックスが来て、ちょうど一週間たった夜中のこと。 フゥ、フゥ、という苦しそうな寝息が聞こえました。 ダンボールの寝床に、ソックスの姿がありません。 「ソックス、ソックス?」 「…にぁ…」 一週間前に聞いた弱々しい鳴き声がどこからか聞こえてきます。 「いた!」 テレビの後ろに、ソックスがうずくまっています。 苦しそうな呼吸、目が開けられない様子に驚き、私はオロオロするばかり。 時計を見ると、午前3時、こんな時間に獣医さんはやっているわけがない、恐らく留守番になっているから明日の朝一番で行くことを録音させてもらおうと電話をしたら… 「はい、◯◯獣医病院です」 寝起きの先生の声がしました。 「7時に病院を開けますから来てください」 涙でうまくお礼も言えず、電話を切りました。 朝を待つまでに、ソックスはどんどん苦しそうになっていきます。 バスタオルにくるみ、ずっと抱きながら、頑張れ、頑張れと唱えていました。 7時に病院に駆け込むと、先生はもう待っていてくださって、 「やはり脳に菌が入ってしまったと思います。恐らくもう、あと数時間で…」 苦しそうなソックスはそのあと、暴れ回るようになり、先生や看護師さん、私と娘の手は傷だらけになりました。 そして、12時頃、ついにソックスは、動かなくなりました。 私と娘は泣きました。 先生と看護師さんも、泣いていました。 野良猫だったかもしれない。 それでも、可愛らしい子猫のソックスは、世の中には獣医さんという、本当に優しい職業があることを私と娘に教えてくれました。 ソックス、ありがとう。 Y先生と看護師さん、ありがとうございました。 |