瀕死の交通事故から生還した奇跡の猫、ゴーくん

コラム

あれは4年前の残暑が厳しい9月半ばの事でした。営業の仕事で初めて訪れる場所を歩いて周っていた時、猫が道端で寝ているのに出くわしました。熱いのでしょう、伸びた姿勢でいます。

見たところ野良猫ですが、こんなに人が近づいているのに逃げないなんて・・ちょっと疑問でしたが、仕事中でもありそのまま通り過ぎようとしたその時、“う~~ん~”と唸り声がしたのです。

まさかこの猫?さらに近づいたにもかかわらず目はつむったまま、動こうとしません。おかしい!と思い抱き上げてみると口から血を流しています。とっさに“交通事故だ!”だと私は察知しました。車の往来がけっこう頻繁だったからです。

一刻も早く動物病院へ急がねば。片手に猫、もう一方の手に日傘を持ち、肩から仕事カバンを下げ、徒歩の私は早足で先ほど見た動物病院の看板目指して歩きました。10分ほど歩いてたどり着いたのですが、ここでは院長不在ということでインターホン越しにすげなく断られてしまいました。
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一刻を争う状況です。さっさと次の病院探しですが、初めての場所でどこに動物病院があるかわかりません。人に聞き聞き、やっと2件目にたどり着いたのは保護して30分以上経っていました。“この子の命が危ない、何が何でもここでは診察、ねじ込んで診てもらわねば”と強気の口調で事情を説明すると看護師の女性がすぐに現れました。

ちょうど午後の診療が始まる時間だったのです。その女性は淡々とした口調で“死んでるんじゃないですか”と言い聴診器をあてました。“あっ、生きてますね”とまたもや淡々とした口調で言いました。“当たり前だ、この子は大丈夫。”抱き上げた時にズシリと感じた重みで私は何故かそう思っていました。

しかし一刻も争う状態であることは確かです。さっそく処置をしてもらい、レントゲンの結果数か所の骨折、さらに頭を打っているのが心配だ、という診断でした。
ですが私はかかりつけの信頼している先生に診てもらいたかったので、次の日迎えに行くことに決めました。タクシー、地下鉄、電車、瀕死のこの子には酷ですが、ペーパードライバーの私は公共の交通機関を使うしか手立てがなかったのです。
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2時間ほどかけてかかりつけの病院に到着。一晩経って結構回復した印象でしたが、揺られて移動2時間はキツかった。再び診察台に乗せられたその子はぐったり、うつぶせの姿勢のまま身動き一つしません。そこでは診察の結果、開口一番“助かったのは奇跡!!”と先生に言い切られました。

次の日お見舞いに病院へ。やっぱり頭をがっくり落としたような伏せた状態で身動きすることもなく、点滴でかろうじて命をつないでいるような様子でした。“助かっても後遺症が残るよ”との先生の言葉でしたが体の不自由な猫というのがいまいちピンと来なくて“そうですか・・”と何故かあまり深刻に考えませんでした。

わが家にはすでに野良出身の猫が4匹いて、どの子もやんちゃで手を焼いていたので“後遺症が残ると大人しい子になるのかな”ぐらいの気持ちでした。

でもさすがに毎日“がっくり”の姿勢のままの子を見舞うのはためらわれて、次に見舞ったのは2日後。心苦しい気持ちで待っていると何とビックリ!!診察室に連れてこられた子は何としゃきっと頭をもたげて、ミャーミャー元気よく鳴いている!

おぼつかないながらも歩き、フードを勢いよく食べ、さらに私の肩にまで乗ってきました。すごい!何!この変わりっぷり!!人(猫)が違ったようなこの変貌ぶりに驚きながらも思いました。でしょ。やっぱり、と。
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最初に抱きかかえた時からこの子はずっしり重かった。生命の力強さがあった。それに、それに、前年保護して数日で死んでしまった「いそろく」や3歳半で心筋症で天国に行った「ながちゃん」、他にも交通事故で死んだ亡骸をわが家の庭に埋めたご縁の猫たち。

その子たちの命の分をこの子は授かったのだ。だからこんなに元気に劇的に生き返ることができたのだ。三途の川を渡ろうとしたこの子を現生に追い返してくれた子たち。ありがとう。あまり思い出すと泣いてパソコンが打てなくなるからこのへんで。でもほんとにこれは奇跡。先生もここまで回復するとは・・と驚いていました。

名前は保護した場所の地名の一字を取って「ゴーくん」にしました。野性味あふれるキジトラらしく性格は俺様気質でやんちゃ。食欲もいやんなるほど旺盛で人(猫)一倍元気な末っ子です。

病気ならともかく健康なのに一瞬にして命が奪われる交通事故。それからは道で猫に出会うたび、“車にはくれぐれも気を付けてね”と声をかけてしまいます。どの子も“ふん、わかってるわ”というような顔をされてしまいますが。

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